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新年の挨拶

随筆:「謹賀新年」について

携帯電話機のiPhoneなどで知られるApple社は、元々はコンピュータのMacintosh(マッキントッシュ、略してMac)シリーズの製造や販売を主力事業とする会社である。Mac(マック)はiPhoneほどの規模も話題性も経済効果もないが、1984年に開始して以来、現在もApple社のかなめとなる事業のひとつである。

Macは、初期の頃はOSにMac OS(マックオーエス)が採用されていた。旧型という意味で一般にClassic Mac OSと呼ばれる代物だが、Mac OSの当時は、正月三ヶ日限定で、コンピュータの起動時に「謹賀新年」と表示されるイースターエッグ(「隠し技」の意味)が使われていた。

イースターエッグには、他にも「この条件でこの操作をすると、制作者の顔写真が現れる、あるいは隠し画面が現れる」というものが様々にあった。

あのスティーブ・ジョブズがApple社に復帰した頃からイースターエッグはなくなったといわれる。そしてApple社はiPod、iPhone、iPadなど、数々の大ヒット商品を放ち、黄金期を迎えることになる。スティーブ・ジョブズが他界してからもApple WatchやEarPodsなどの商品を放ち、その都度世間一般に大きく取り上げられている。

21世紀に入った今、MacのOSの呼び名はMac OSからOS X(オーエステン)に変わり、そして更にmacOS(マックオーエス)に変わった。名前だけでなく中身もUnix(ユニックス)を基盤としたものに一新され、操作性も概念も大きく生まれ変わった。macOSはClassic Macの頃とは異なるかおとして、10年以上が経過した今も、新時代にふさわしく様々な進化や変化を続けている。

Classic Macが現役だった1990年代末当時、は購入して間もないMacを自宅で操作するため、よりよい知識を探すため、雑誌や書籍から情報を集めていた。イースターエッグは雑誌で知ったが、実際に試して画面表示を確かめた時、それらに人間臭い遊び心が秘められている気がして、無性に嬉しかったのを覚えている。

新年を迎える度に、私は「謹賀新年」の言葉をいろんなところに掲げる。

昔を懐かしむわけでもないが、"A Happy New Year."と元気に明るく祝うより、「つつしんでする」という日本独自の表現を好む私個人の性格も、もちろん影響している。

受け継がれていくスピリット?

Microsoft社の提供するWindowsは、ビジネスからエンタテインメントまで総べての局面で使用される反面、こういう遊び心は基本的に存在しないと思う。

一方で検索エンジン大手のGoogle社は、同社の検索トップページのロゴマークを、理由はどうあれかなり頻繁に期間限定のロゴに変更する。Google社は他にも、検索する言葉次第で画面表示や検索結果が変化する遊びや、Google社によるスマートフォンやタブレット向けのOSであるアンドロイドOSにて、条件次第で隠し画面やゲームが現れるなどの隠し技がある。

イースターエッグは、導入するとどうしてもシステム全体が不安定になりがちで、動作不良の原因になりやすいとも聞く。意図せず偶然開き、普段とは異なる状態や変化に突然出合い、操作をどうすればいいか、元の画面に戻すにはどうすればいいか分からず、戸惑う人の事例もあるだろう。製品を世に送り出した後のメンテナンスも考えれば、不必要な要素は早い段階で削っておきたい、なので入れたくないという姿勢も責めるべきではない。一方で、遊び心を残しておきたいという考えも私は歓迎したい。

企業によって文化も歴史も哲学も違うのは当然なので、あるかないかの違いは、良いか悪いかという評価には必ずしもつながらない。一方でそういう仕組みを発見すると、思わぬところで他社にApple社のエスプリのDNAが受け継がれているようで、少なくとも私は悪い気はしない。

どちらが、正しいのか。

新年を祝う英語表現で、"A Happy New Year."と"Happy New Year."とでは、「頭にAをつけないほうが正しい」とよく聞く。

個人的な昔話になるが、2000年を迎えた新年まもない頃、連れの人間とともに深夜の渋谷駅前でたむろしていた。祝賀ムードいっぱいの高揚した夜の空気に浮かれ、行き交う人たちが他人同士でも愛想よく新年の挨拶をして盛り上がっていた。偶然見かけた光景だが、近くにいた若い男性が、彼のそばに偶然いた外国人の若い男性に向かって"Happy New Year!"と声をかけた。すると外国人が"A! Happy New Year!"と、冒頭の「ア」をやたら強調して返答した。追加の細かい説明などなかったが、明らかに「頭にアをつけるのが、ネイティブの正しい英語なのですよ」と伝えようとしている様子が見て取れた。

Aをつける、つけない、どちらが正しいのかは、私もネイティブではないので、いまだに分からない。Googleでそれぞれのフレーズを画像検索すると、頭にAをつけないロゴの方が圧倒的に多くヒットする。つけない理由を解説したサイトもたくさん見かける。なのでつけないほうが一般的なのかもしれない。ただ、やはり確信は持てない。

冒頭の「謹賀新年」が現在のMacでも再現できるなら、いっそ正月に限って言語設定を一時的に英語に切り替えて、再起動でもかければ、そこに謹賀新年に代わる英語のメッセージが出れば、少なくともApple社の見解は明らかになるのになと思う。たとえば英語と米語とで微妙に表現が違うのかどうかも、分かるのになとも思う。

賀詞を用いるに当たって最も大切なのは、新年を祝う素直な心である。表現に多少おかしなところがあっても、相手を不快にさせるものでなければ許容されるべきだろう。そんな中、日本語の「謹賀新年」は正しい表現なだけでなく、相手が目上でもそうでなくても使える、便利な言い回しのひとつだ。

それもあって、私は今後もきっと新年を迎える度に、「謹賀新年」の言葉をいろんなところに掲げる。

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新年の挨拶
FOCUS ON THE NEW YEAR'S GREETINGS
公開:2021年01月01日
更新:2023年07月12日