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暗殺教室

世界一奇妙な授業が今、始まる──

暗殺教室あんさつきょうしつ』は松井まつい優征ゆうせいによる漫画である。週刊少年ジャンプに2012年から掲載された。集英社しゅうえいしゃから単行本全21巻が刊行されている。

ある日突然、月が爆発して7割方が蒸発した。犯人は、来年の3月には地球ごと爆発させると公言する、最高速度マッハ20のタコ型の謎の超生物で、なぜだか私立椚ヶ丘くぬぎがおか中学校の3年E組に担任として赴任してくる。人知を超えた能力を持ち、軍隊でも殺せないその怪物の暗殺を、各国首脳はやむをえずそのクラスの生徒に委ねる。成功報酬は100億円。E組の生徒たちは、この教師、通称「ころせんせー」を卒業までに殺せるか?

累計発行部数は2,500万部を突破し、TVアニメ化と実写映画化がされた。2010年代を代表するヒット作である。

異色の青春群像劇

前述のとおり、謎だらけの設定で始まる。しかも冒頭は、朝の始業開始時に、出席の確認を取る殺せんせー相手に生徒全員が銃を乱射する場面から始まる。題名からして穏やかな響きではないので、確実に誤解を招く作品だと思う。週刊少年ジャンプという日本で最も競争の激しい漫画雑誌の舞台で、作者や担当の編集者はどんな企画概要の説明を経て連載開始にこぎつけたのか、少しだけ気になる。

話の主な舞台となる椚ヶ丘中学校は、敏腕理事長の経営手腕により近年めざましく頭角を現し、世間では超名門の私立進学校として名が知られる。しかしA組からD組までは問題ないが、殺せんせーの赴任したE組は別名「エンドのE組」と呼ばれる特別強化クラスで、成績不良者や素行不良者で構成され、本校の教師や生徒から差別をされている。一部を差別することで他の生徒は緊張感と優越感を持ち頑張る、という理事長の教育方針だが、E組の生徒たちはやる気と自信を失っている。殺せんせーはそんなE組の生徒ひとりひとりに寄り添い、時にはまじめに時にはふまじめに接しながら、それぞれの長所を伸ばし才能に気づかせ、明日へと羽ばたかせていく。

落ちこぼれ集団がひとつの目標を目指して青春を謳歌する話自体は珍しくないが、この作品の場合は、それが担任の先生を殺すという点が特徴のひとつである。しかし血なまぐさくなく、むしろ爽やかで健康的で、時には人生の教訓めいた内容さえ示唆する。一方で子供向けとは思えないブラックな笑いや時事ネタもほどよく散りばめられており、E組の生徒たちの挫折や成長を丹念に描きながら、彼らの最後の1年を描いていく。

殺せんせーの過去は話の中盤で明かされる。殺人における圧倒的な技巧の高さゆえ、死神と呼ばれ恐れられた男が、弟子の裏切りにより秘密機関に捕らえられ、新薬の実験体モルモットとして処遇を受けるが、そこでただひとり愛した女性に目の前で死なれ、死に際の女性との最期の約束から、E組の担任を受け持つことになる。殺せんせーの過去が明かされる下りは、第1話から何度となく提示された伏線が鮮やかに回収される瞬間でもあるが、その時にE組の生徒や読者は、作者が巧妙に隠していた問題提起を受ける。すなわち、それでも生徒たちは先生を殺せるか? ということだ。

この漫画は、殺すという言葉が幾度となく出てきて、生徒たちが担任を殺すことを目的にした内容ではあるが、人を殺めるという行為そのものについて、作者は軽くも甘くも考えていない。たとえば登場人物のひとりで、E組で英語の授業を受け持つことになるスラブ系の美女は、とあるきっかけで同僚の男性に自分の過去を語る。民族紛争が激化した国に生まれ育った彼女は、ある日自宅に略奪に来た敵の民兵に親を殺害され、敵を迷わず撃つ。死体の温もりを今もはっきり憶えているわと打ち明けた後、「殺す」ってどういうことか 本当にわかってる?と問いかける(単行本9巻102-104頁)。

「殺す」ってどういうことか 本当にわかってる? ──この問いかけへの、この作品なりの答えは本編を見てのお楽しみとなるが、見事に大団円を迎えたあとに登場人物たちは、それぞれの明日に向かって人生を歩き出す。生徒のひとり、潮田しおたなぎさが赴任先の学校で教育実習生として荒くれ者の生徒たち相手に、かつて殺せんせーが自分たちに触れ合った時と同じような語りかけをして、話は幕を閉じる。

心憎い、作者の手腕、心に在り。

松井優征は、この「暗殺教室」の前に、「魔人探偵脳噛まじんたんていのうがみネウロ」を発表している。

ネウロの最終巻のあとがきで、次のコメントがある。

連載が決まったとき、最重要課題に考えたのは
「商品として成立した作品を送り出したい」という事でした。
自分の能力に可能な限りの範囲で、本を買って頂く方に対して
責任を持って始め、責任を持って盛り上げ、何よりも
責任を持って終わらせるという事を、週刊少年ジャンプという
潮流の激しい雑誌の中でぜひやってみたかったのです。

魔人探偵脳噛ネウロ」(単行本23巻148-149頁)

「暗殺教室」でも、次のようにコメントしている。

人気が低い時の打開策として、
予定よりも急激に話の展開を変えたり、
出す予定の無かった新キャラを急遽出したり
する事を「テコ入れ」と言いますが、
幸いにして自分は、テコ入れというものを
漫画家人生を通してやった事がありません

暗殺教室」(単行本9巻カバー部分)

暗殺教室も、全体を通じて感じるひとつが、話の構成が非常に優れていることだ。第1話で提示された様々な伏線が、時々さらなる謎を膨らませながら、鮮やかに回収され、それが終盤における話を盛り上げていく。各々のエピソードも、登場人物たちの背景や性格などを紹介しつつ、ギャグなども交えながら、オチをつけてきれいに着地する。緩急自在でバランスよく作られていて、非常に安定している。掲載雑誌のジャンプといえば人気作になると明らかに不自然に間延びさせられる作品も多いが、ここまで話の構成が見事に完成されていると、さすがに担当編集者も納得するのだろうなと思う。

作画、いわゆるデッサンはあいにく発展途上という印象は否めないが、今後もぜひ優れた作品を発表してほしいと思う。

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暗殺教室
ASSASSINATION CLASSROOM
公開:2020年11月07日
更新:2022年08月26日