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ヒカルの碁

棋聖きせい降臨こうりん

『ヒカルの』は、ほったゆみ原作、小畑おばたたけし作画、女流棋士きし梅沢うめざわ由香里ゆかり監修による漫画である。週刊少年ジャンプに連載されていた。囲碁に青春をかける少年少女を描いた作品である。作画担当の小畑は、この作品が終了した後に、別の原作者によるDEATH NOTEでもヒットを生んだ。

小学生の男の子・進藤ヒカルは、祖父の家に遊びに来た際、物置小屋の中で「値打ちのある骨董品のお宝ないかなあ」と探す。ヒカルに好意を抱いている様子の幼なじみの少女あかりも一緒に来ていた、ヒカルがたまたま見つけた碁盤のシミを見つけると、どこからともなく声が。声に反応するヒカルだがその声はあかりには聞こえず、あかりはヒカルを気味悪がってその場を後にする。碁盤のシミはヒカルにしか見えない代物であり、声の主は碁盤に取りついた霊だった。霊は自らを藤原佐為ふじわらのさいと名乗った。平安時代に清少納言などに囲碁を教えていた人物だが、ある事件をきっかけに失望し、入水自殺をする。しかし無念の死のため成仏できず碁盤に取りついていたところ、江戸時代に本因坊ほんいんぼう秀策しゅうさくというわらじに発見され、一時の囲碁生活を楽しむ。本因坊が若くして死んでしまい、再び永い眠りについていた頃、ヒカルに発見されたという流れ。

初めは囲碁に全く興味がなかったヒカルだが、佐為への慰めを込めて碁会所などへ足を運ぶ。サッカーなどを楽しんでいたヒカルが突然囲碁への興味を示し始めたように映ったあかりやクラスメイトは、その変わりようを不思議がる。そんなヒカルが偶然出向いた駅前の碁会所、そこで自分と同い年の少年、塔矢とうやアキラと出会う。アキラとヒカルは互戦たがいせん(両者ハンデなしで勝負すること)を行なうことになるが、アキラが実際に戦っていたのは、ヒカルを通じての佐為だった。結果はヒカル(佐為)の勝ち。

アキラは囲碁界の最高峰の一人、塔矢行洋こうようの息子だった。幼い頃から囲碁の英才教育を施されているため、小学生ながらプロ棋士同然の腕前を持つ少年だった。ヒカルとの対戦でアキラは初めて敗北者の気分を知る。佐為は、本因坊(江戸時代に実在した人物。囲碁の歴史における天才ぶりから、棋聖と呼ばれる。本因坊の碁の記録は「秀作のコスミ」と呼ばれ、優れた打ち方の手本として、今も研究材料にされている)の指導者だった人物という設定。佐為は、碁を通じてアキラの腕前を早くも見抜く。

ヒカルは当初囲碁に全く興味がない。この若さで囲碁はねーだろと言う場面もある。囲碁を打つ時も、自分にしか聞こえない佐為の従うまま、操り人形のように碁石を動かす。周囲から見れば、ヒカルは碁石の持ち方ひとつみても初心者丸だしである。基本的なルールさえ知らない彼は、練習相手にもならないデクの棒も同然だが、繰りだす技はプロ、いや囲碁の神様同然の洗練された戦術、ただし、打ち方が古い、という格差が生まれる。初期の面白さのひとつがそんなところにある。

初期は方向性が定まっていないためか、作画も物語構成も小学生向けという印象で、たとえば最低限の囲碁の決まりが登場人物の言葉として紹介される。前述の互戦しかり、「線と線の交点に碁石を置く」「黒が先攻で白が後攻」「囲んだ陣地の多さで勝敗を決める」など。ルールは小さな子供でも理解できるのが、だからこそ奥が深く、ある程度の定石はあるが、終わりがないという部分を読者に巧みに教えている。

やがてヒカルは中学校に進学し、囲碁に興味を持つようになる。同時に登場人物も増えていく。作画がより繊細で美しく進化し、各話におけるページ数も増えていき、ストーリーも囲碁一色になっていく。

話が進み、やがてヒカルが本格的に碁に目覚めてプロを目指すようになる。院生いんせい(試験を通過した囲碁棋士のこと)となった彼の周辺で新たにライバルが何人も登場するが、中には自分の実力の限界を感じ始め「もしも今年が駄目だったら……」と自分の進路を思い悩む姿が何度か出てくる。今までジャンプの漫画で、登場人物が人生設計を真剣に考える場面などあっただろうか。中盤以降は、登場人物達の繰りだす碁盤での戦いがいよいよ本格化してくる。登場人物のセリフでも「ヨセが甘い」「ツケてきたぞ」「中央にはもう空きがない」など、いかにも当事者が発しそうな言葉が連発される。

話の中で「神の一手」という言葉が出てくる。優れた判断によって碁石を盤面に置く時の動作を形容した、あるいは戦術そのものを指す言葉だ。往年のジャンプの遺伝子的要素のひとつが「神の一手」に活きている気がする。番外編も含めて、「面白い」と自信をもって勧められる漫画のひとつだ。

それにしても、「囲碁」。掲載雑誌の少年ジャンプが、それまではドラゴンボールやスラムダンクなどで栄えていたことを思うと、随分と地味な漫画が支持を得たものだと思う。ジャンプ編集部でも、まさかこれほどの人気になるとは思っていなかったのではないか。それほどの人気を博した。テレビアニメが放送され、菓子やゲームソフトなどの関連商品も販売され、ジャンプの歴史に名を残す看板漫画のひとつとなった。「ヒカルの碁」をきっかけに碁に興味を持った子供が急増し、これを機にプロになった人も実際にいた。新しく巻を刊行する度に出版部数が増え、社会現象にもなった。

当時のこの漫画ブームを知らなかった未来の子供が、偶然この漫画を手に取った時。インターネットや携帯電話の使われ方に時代を感じることはあるだろうが、その時にまた新しい感動が彼らの中で生まれるだろう。

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ヒカルの碁
HIKARU NO GO
公開:2021年05月05日
更新:2022年08月26日