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BANANA FISH

ニューヨークを舞台に描く大長編ロマン

『BANANA FISH』(バナナフィッシュ)は、吉田よしだ秋生あきみによる漫画である。別冊少女コミックに1985年5月号から連載された。小学館から単行本全19巻が、文庫は番外編を除く全11巻が刊行されている。

1973年6月、ベトナム戦争の現場にて、あるアメリカ兵が突如、同じ分隊の兵士たちに自動小銃を発砲するという事件が起こる。このアメリカ兵は粗悪な麻薬の摂取によって精神障害を発症したと思われたが、仲間の兵士に取り押さえられた時「バナナ・フィッシュ」という謎の言葉をつぶやいた。

12年後、アメリカはニューヨーク市のストリートギャングのボス、アッシュ・リンクス(Ash Lynx : 灰色山猫)は、手下に殺された見知らぬ男が死ぬ間際に「バナナ・フィッシュ」という単語を口走ったことに疑念を抱き、事件の背景を探り始める。

冒頭の場面、自動小銃で発砲したアメリカ兵はアッシュの兄のグリフィスであった。

その頃、日本からはフリーカメラマンの伊部いべが助手の奥村おくむら英二えいじを伴い、ストリート・ギャングの取材の為にニューヨーク市を訪れていた。やがてアッシュ、ロボ、伊部らは「バナナ・フィッシュ」の謎を追ううちに、コルシカ系の財団とCIA、そしてタカ派の連邦上院議員の間で秘密裏に進められていた化学兵器開発プロジェクトの存在を知ることになる。

ストリート・ギャングの抗争と連邦政府内部の陰謀、さらにコルシカ人財団や香港系の華僑の内紛などが絡み合い、事態は複雑な展開を見せていく。

作者の吉田は漫画家としてキャリアが長く多数の作品を発表しているが、現時点ではこれが一番の長編で、彼女の代表作のひとつである。


本作の主人公・アッシュは、政治、経済、軍事、医科学などあらゆる学問に精通したIQ200の知性を持つ金髪の美少年で、かつSWAT並みのシューティングテクも持つ不良少年の設定だ。そんな彼が活躍をしながら、ハリウッドの巨編映画にも拮抗しうる物語を展開させていく。

物語の中で、アッシュは頭脳明晰ぶりをふとした場面でさらりと提示する。風説を流して株式市場を操作する(単行本7巻84頁)、中央アメリカにおける政治や戦争の仮想シミュレートを行なう(単行本8巻66頁)、高等数学の問題を解くにあたり、提示された問題文の誤植をおちょくる(単行本9巻114頁)。そのほかにも様々な活躍や彼の美貌そのものに「不自然」「やっぱり漫画だ」という声は多いが、私はむしろ奥村英二がそれなりに英語に堪能で、それなりにどんな状況にも果敢に立ち向かう展開のほうが「不自然」で「やっぱり漫画だ」と思う。

「バナナ・フィッシュ」は、サリンジャーの小説に出てくる言葉である。この漫画における「バナナ・フィッシュとは何か? なんの隠語か?」という疑問は物語の初期で明かされる。その後に様々な登場人物が複雑に絡み合う展開となるが、ものすごく巧みでスピーディでサスペンスフルで、あっという間に読める。

制作現場の裏を語る漫画「うらBANANA」にて著者が自ら東西冷戦時代を前提とした時代の話だったので、連載中にソ連がなくなったのはシャレになんなかったと語るとおり、今読むと、時間錯誤を感じる部分もある。たとえばパソコンは現代主流になっているGUI(アイコンをクリックする操作)ではなく、CUI(英文を打っていく操作)で表現されている。

長編漫画において、初期とラストで絵柄が違うことがあるが、これもそのひとつだ。初期は、当時流行の大友克洋テイストな骨太の作風だったのが、中盤以降からは繊細な少女漫画風に変わっている。

血湧き肉躍る内容でアクションも心理戦も盛りだくさんの豪華な展開ではあるが、結末では静かな感動が待っている。

ラストシーンはサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」がBGMに似合うと私は思う。ただし1990年代の漫画であるバナナフィッシュを話題にする機会が日常会話ではまだないので、自分の考えが少数派なのかそれなりに誰にでも賛同してもらえそうなのかは、まだ分からない。

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BANANA FISH
バナナフィッシュ
公開:2021年01月20日
更新:2022年08月26日