CROSSWHEN

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異邦の騎士

溢れんばかりのリリシズム

異邦いほう騎士きし』は、島田しまだ荘司そうじによる小説である。島田の本格推理小説、御手洗みたらいきよしシリーズにおける、作品中の時系列順では第1作目にあたる。

今までに講談社からハードカバー、新書、文庫本化されている。1997年には著者自ら大幅に加筆訂正した改訂愛蔵版も刊行されている。


ある男性が公園のベンチで目を覚ます。夕方。停めていた車に戻ろうとするが、そこで車のないことに彼は気付く。それどころか、自分が記憶を失っていることに気がつく。辺りを右往左往して駅前を過ぎたところで、ひとりの若い女性が連れの男から逃れて彼の元にやってきた。打ち解けた女性と彼は、女性のアパートへ。女性は良子と名乗り、引っ越しをするので男手があると助かると話す。そして成り行きから彼は引っ越しを手伝うことになるが、二人は互いに一目惚れ。同棲することになる。急に恋人同士となった二人の日々。良子は近くのケーキ屋へ働きに、男は工場に働きに出る。

ある時男は、自分の過去を探るヒントをつかめるかもしれないかもと思い。工場通いの電車の窓から見える「御手洗占星学教室」の看板の元を訪れる。


「LP」「チック・コリア」「ギター」など、音楽用語が次々と登場する独特の雰囲気がある。それに負けないくらい複雑なトリックがあり、男と良子の恋愛話も爽やかで濃密であり、御手洗の風変わりな言動も際立っている。実在する地名がたくさん出てきてリアリティも充分だ。

私は雑誌の人気投票で、作者とこの作品を初めて知り、図書館で借りて読んだ。2日ぐらいかけてじっくり読んで、目の覚めるような謎解き、と思ったらまた謎解き、裏で全てを操る人物、良子と男の生活の描写などを堪能した。全体的に、硬質かつ繊細な文章が印象に残った。後に作者が美大生だった人で、小説の前には詩を書いていた経験があったと知り、妙に納得した覚えがある。

話は悲劇的かつ感動的な結末を迎えるが、同時に若さや甘さ、ほろ苦さを感じさせる妙な懐かしさ、そして爽快感もある。ラストの3ページは、そのまま詩になるくらい優れた文章の連続だと思う。

王貞治が現役のプロ野球選手だった時代の話。島田荘司の数々の著作の中でも、御手洗潔シリーズの中でも、「占星術殺人事件」「斜め屋敷の犯罪」と並ぶ人気作であり定番作だ。

改訂愛蔵版には、文庫本にも掲載されているあとがきの他にひとつ、作者からの付記が寄せられている。これを読むと「異邦の騎士」が作者の中で下位的扱いだったこと、作品誕生秘話、発表秘話、その後の読者人気度の経緯などが実によく分かる。作者の中では習作扱いで、仮の題名は「良子の思い出」だったという。

作者の意志を尊重して、改訂愛蔵版を勧めたい。

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異邦の騎士
THE KNIGHT STRANGER
公開:2021年04月25日
更新:2022年08月26日