CROSSWHEN

広告

***

華氏451度

本のページに火がつき、燃えあがる温度

華氏かし451』は、レイモンド・ダグラス・ブラッドベリによる小説である。早川書房はやかわしょぼうから1964年に初版が刊行された。また新訳版も刊行されている。

聖書から詩集に至るまで、書物を所持することや読書することが、法で禁じられた近未来のある国。そこでは近隣者らの密告によって書物を隠し持っていることが通報されると、焚書官ふんしょかんという公務員がその家まで行き、書物を含む家屋を灰になるまで根こそぎ焼き尽くす光景が繰り広げられていた。なぜか密告は夜になると増えるため、焚書官はどうしても、夜ごと出動せざるをえなかった。

主人公のガイ・モンターグは焚書官だった。彼の妻をはじめとする周囲の人は「海の貝」と呼ばれる超小型ラジオを耳にはめ、部屋の巨大テレビ画面に没頭し、書物の存在しない生活を幸せに感じていた。当然モンターグも。彼はあることをきっかけに、書物をむさぼり読むことの快感、自己を見つめる精神世界を充足させる喜びに目覚めていく。

フランスのフランソワ・トリュフォー監督によって実写映画化もされた。日本では作者名を若干縮めてレイ・ブラッドベリと表記することが多い。

題名の「華氏」は、欧米で採用されている温度の単位である。日本で用いられる温度単位の「摂氏せっし」に換算すると、華氏451度=摂氏約220度(最近は233度とされている)。すなわち、本のページに火がつき、燃えあがる温度。もっといえば、物語の重要な要素である「焚書」を数値で指す言葉である。題名以外にも、本の中で唯一ある挿し絵、本文の冒頭の記述、そして表紙のイラストにも、「燃え上がる」描写がある。

作者のブラッドベリは1920年米国イリノイ州で生まれたSF作家で、アーサー・クラークなどと並んで英米SF界の巨匠のひとりに数えられている。代表作にはここで挙げている華氏451度以外に「火星年代記」「ウは宇宙船のウ」など多数で、受賞歴も華々しい。

作家としての彼は、SF分野を基にファンタジーの色合いが強く、詩的感覚の強い文体で書く作風で知られる。繊細で軽やかな表現であり、詩を辿るような文体かつ描写であり、SFでありながら、ジョン・ゴールズワージーの「林檎の樹」と同系列にも感じると私は思う。

物質文明批判の名作として有名であり、本書のあとがきではそのことについての経緯が詳しく述べられている。

現実には、たとえば日本国では文部科学省が読書の習慣を奨励して久しい。書籍は廉価で手に入り、図書館へ行けば無料で読書を楽しめる。つまり華氏451度で描かれる世界よりも、読書のための環境は整っている。にもかかわらず、現実の世界に生きる人々は、恐るべき速度で活字離れをすすめ、映像や音の世界に、単純化された世界に喜びを見出すことを知っている。

行きつく先はどんな未来か。この作品が示した結論は読んでみてのお楽しみだが、私は原作小説を読み終えた時に「これからが面白そうなのに、ここで終りだなんて」と不完全燃焼気味な気分だった。しかしトリュフォーによって映画化された作品を見た時、原作を忠実に再現した内容でありながら、結末で作者のいいたいことが初めて理解でき、大団円を迎えたと思えた。

物語自体は波乱万丈といういうわけでもなく、ましてや詩的な文体なので、とっつきにくい部分もあるかも知れないが、機会あればぜひご覧いただきたい。

広告

***

華氏451度
FAHRENHEIT 451
公開:2021年06月25日
更新:2022年08月26日