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悪女

出世してみない?

悪女わる』は、深見ふかみじゅんによる漫画である。漫画雑誌BE・LOVE(ビー・ラブ)に1988年から掲載された。講談社こうだんしゃから単行本全37巻が刊行されている。

世界的な大手総合商社「近江物産おうみぶっさんに配属された新人OLの田中たなか麻里鈴まりりんは、三流大学を四流の成績で卒業し、下等なコネで「資材管理室」へ配属された落ちこぼれ新入社員。ある時、社内で偶然知り合った男性社員に彼女は一目惚れする。同じ頃、田中の根気やパワーに目をつけた、同じ課の先輩女性社員の峰岸みねぎしは田中に「出世してみない? 悪女(ワル)になれればね。出世できれば思いのままよ」と誘いかける。

自分の初恋の人のことを知り、近づく仲になり、そしていつか想いを告白したいと考えるようになる田中。そしてそのための手段として、峰岸に「私、出世してみます」と返答する。

単行本全37巻、文庫にして全19巻という長編で、1992年には日本テレビ系列でテレビドラマ化された。ドラマでは石田ひかりが主演し、峰岸を倍賞美津子が演じていた。漫画もテレビドラマも大ヒットした作品なので、ご存知の方は多いと思う。ドラマはほぼ忠実に原作の流れを汲んでいた。

峰岸は「学歴も地位も知識も器量もない人が出世するには正攻法では駄目」と語り、具体的な戦略として「掃除のおばさんの名前を覚える」「会社の社史を暗記する」「上役や上司の名前と顔を覚える」「オセロに強くなる」などの秘策を次々と伝授する。半ば強引とも言えるやり方について行く田中は、近江物産の上役たちの目に引っかかるようになり、「資材管理室」から「秘書課」、そして「総務」など役署を転々とする。その度に新たな出会い、別れ、嫉妬や策略などが待ち構え、田中はあまりに簡単に引っかかったり、あるいは逆に出し抜いたりする。持ち前のパワー、勘の良さ、そして何よりも人の心を掴む術を駆使して、必ず味方を増やしていく。初恋の人についても、資料を引き出してイニシアルがT・Oであることをつきとめ、最後には名前が田村たなかおさむであることも知る。

テレビドラマでは、話の終盤、策略に引っかかった田中が一旦、人材派遣会社の「レディースシンクタンク」を解雇されるが、見事に再就職を果たし、憧れの男性と再び巡り会うところで終わる。一応はハッピーエンド。

テレビドラマ版のクライマックスである「レディースシンクタンク」の辺りは、原作では序盤に過ぎず、話は更に先に進む。峰岸の大学時代の友人の銀座のママ、社内のセレブ気取りの女性たちによる秘密組織、田中を「給料泥棒の能無し社員」として厄介者扱いしていたエリートサラリーマンの小野おのが、田中が終えた仕事の素晴らしい結果に一目置くようになり、後に恋い焦がれる様子、他には田中を恋のライバルと見ていたが、最後は生涯の友として慕う帰国子女のお嬢様、筑波研究所の蓮見はすみ女史、そして高田たかだ女史。ドラマでは最後まで殆ど姿を見せなかったT・Oさんは、原作ではけっこう頻繁に登場し、田中と軽い話を交わしたりもする。ドラマが好きだった人には原作もお勧めできる。かなり長い話だが、期待を裏切られることはない。

漫画では、話の後半に登場する醜い女の化身のような高田女史が、田中によって心を開き、優しく素敵な女に変わっていく様が出色である。高田は天下の総合商社近江物産においてトップクラスのエリートという設定で、ものすごく重要な役どころである。他にも魅力的な登場人物が限りなく登場し、読者を飽きさせない。

出会った人の多くは、田中に触れることで優しい人間になり、女性の多くは愛する男性を見つけて結婚する。しかし作者の話の魅せ方の巧みさゆえか、マンネリ感が全くない。そして肝心の田中は、終盤で、とうとうT・Oさんに愛を告白する。そして、これだけの大長編漫画でありながら、終わり方は呆気ない。

この漫画は、田中の出世、あるいは出向に合わせて話の舞台が次々と変わったり、あるいは変則的なやり方で出世を進めて行くあたりから「RPG的」と評された。確かにその評価は正しい。しかしこの漫画で描かれる、大企業の中での従業員たちの考え方、行動などはすごくリアルで、決して荒唐無稽な素材だけで構成された漫画にはなっていない。田中が大企業の中で出世を目指すにあたって武器としたのは、大学時代に在籍したサークルで身につけた「宴会芸」の数々と、人を想う純粋な気持ち、そしてがむしゃらなパワーである。一見泥臭くも見えるそれらが、周囲の人の多くをひきつける人心掌握の役割を果たしていく。学生が社会に出るにあたって読んでおいて無駄はない漫画のひとつだ。教科書では教えてくれないことがたくさん提示される。

世界的な大企業で管理職に就いている女性が、この漫画について「初期に登場する、掃除のおばさんの名前を覚えるとか、社史の暗記とか、上役や上司の名前と顔を覚えるとか、オセロに強いというのは、縦や横の人脈ネットワークを築くことに直結し、無駄にならない。信頼され、出世するにおいては不可欠。若い頃にこの漫画を読んでおけば良かった」と語っていたので、基本的な人間洞察の優れた漫画だと思う。

ただ、田中は、物語の中で「喫茶店で一日ずっと滞在し、何もせず時間を過ごす」という、嫌がらせ同然の指示を上司から受け、それを実行する下りで、客の出入りをチェックし、売れ筋と閑散時(アイドルタイム)のマーケティングを興味本位で行ない、店の従業員と連携を取り、売り上げに貢献するということを自然にやってのける人間なので、やはり優れたビジネスマンの素質がある設定なんだろうと思う。

原作漫画では、オセロおじさんの息子のことや、峰岸さんの結婚などのエピソードもある。しかし「オセロおじさんの正体」や「エリートの峰岸さんがなぜ資材管理室にいたのか」などの疑問は明かされないまま終わるので、それだけはご注意を。

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悪女
WARU
公開:2021年07月13日
更新:2022年08月26日