CROSSWHEN

広告

***

風立ちぬ

堀越ほりこし二郎じろうほり辰雄たつおに敬意を込めて。 −生きねば。−

かぜちぬ』は、宮崎みやざき駿はやお監督によるアニメーション映画である。2013年に公開された。本編126分。

ゼロ戦の設計者・堀越二郎と作家の堀辰雄をモデルに、1930年代の日本で飛行機作りに情熱を燃やした青年の姿を描く。宮崎監督がモデルグラフィックス誌上に発表した連載漫画が元となっている。その後、制作会社のスタジオジブリによりアニメーション映画化されたのが本作である。

大正から昭和、戦争や大震災や恐慌による不景気により、閉塞感に覆われていた時代。

当時の日本で、航空機の設計者である堀越二郎は、幼年期よりイタリア人飛行機製作者カプローニを尊敬し、いつか美しい飛行機を作りたいという野心を抱いていた。

1923年、東京帝国大学(現在の東京大学)工学部に在籍する青年期の二郎は、東京で汽車に乗車中に関東大震災に遭遇し、令嬢の里見さとみ菜穂子なおこと束の間出会う。その後財閥系企業に勤務し、ドイツを視察したのち、戦闘機のテスト飛行をするが失敗。失意のまま、軽井沢で過ごすこととなるが、そこで彼は菜穂子と再会する。ややあって彼女に恋をし、ついは婚約をする。が、菜穂子は結核にかかった身だった。

スタジオジブリ制作らしく、柔らかな色彩で、物語も人物造形も丹念に描かれた、上質の映画作品だ。全体的には大人向けな印象を受ける。子供が見るとしても、少なくとも小学校高学年程度には達してないと、内容の理解は難しいと思われる。構成や演出を相当に考え抜いた末と思われるが、物語展開や状況説明や、ファンタジーな場面に突入する時が、だいぶ情報を削った、はしょった感じがあり、気をつけて鑑賞しないと、細かな部分の理解が難しい。

全体的に淡々と話が進んでいく。冒険活劇では決してなく、これまでのジブリ制作映画で登場したトトロやジジのような、かわいいキャラクターも一切出ない。

軽井沢の建物でピアノ演奏がなされその場にいた客らが即興で外国語の歌を合唱する場面、二郎と菜穂子が結婚し初夜を過ごすくだり、煙草をふかす場面が効果的に出るあたり、他にも特高の暗躍やドイツでの暴行画面などは、明らかに大人向けの演出である。たとえば NHK が巨費を投じて実写版の本格的な巨編ドラマを制作したら、こんな仕上がりになるのではと思わせる、そんな雰囲気だ。ジブリ映画のこれまでの作品でいえば「紅の豚」に近い印象を受ける。

主役の二郎には、宮崎監督の事実上の弟子にあたるアニメーション映画監督の庵野あんの秀明ひであきが起用されている。庵野は映画製作の世界において門外漢ではないがスタッフ側の人間であり、役者ではない。当然ながら演劇の素人であり、作中でも見事な棒読みである。本編の二郎は、役柄上、相当に専門的な航空知識の説明やドイツ語やラブシーンのセリフがてんこ盛りなので、かなりのハードルだったことは想像に固くない。見た限りでは、本職の役者との演技のやり取りでさほど遜色なく感じられるところと、セリフを言い間違えずに終えるだけで精一杯なんだなと感じるところがあった。

本編ラストで、菜穂子の死を匂わせる場面、二郎がカプローニと交わすやり取り、魔の山のエピソード、二郎を「ニイニイ」と慕う加代の存在が思わぬ伏線だったと匂わせるなど、映画として非常によくできている。主題歌の「ひこうき雲」は、まさにマリアージュとでも呼ぶべき相乗効果をあげている。(ただ、曲の使われようは予告編のほうが完成度が高いように思う)

「ひこうき雲」は、個人的にとても好きな曲だ。私の同世代(1978年生まれあたり)から下の年代で知る人はまずいなかったが、今後は「ジブリ映画の宮崎映画の風立ちぬの主題歌」として、知らない人はいない曲に変わる。自分だけのお気に入りの名曲を知られたことになり、嬉しいような、寂しいような、複雑な気持ちだ。

かつて宮崎監督アニメーション映画「紅の豚」が公開された当時、制作裏が紹介されたことがあった。その時のエピソードとして、「空に浮かぶ雲は、おぼろげな立体感や動くさまやアップになるさま、影の付き方が、アニメーションの絵で表現するとなると、非常に難しい」と明かされていた。今回の「風立ちぬ」では、場面や状況で多彩に変化する雲の動きや表情が次々に登場する。それが非常に自然に描かれている。何気ない場面ひとつに、相当腐心して作られたのが分かる。

無類の飛行機マニアであり、老年期にさしかかっていて、アニメーション界の天才としてすでに認められている、そんな宮崎監督の趣味が爆発した映画だという印象を受けるが、とても良い映画である。特に私は、後半の結婚式の場面では感動した。

成人向け映画とは別の意味で、年齢制限がある作品だが、おそらくは何十年先の未来でも、評価されることだろう。

今後、「風立ちぬ」という単語から、文芸作品か、往年のアイドルの歌か、それともアニメーション映画か、どれを連想するかで、世代や趣味が分かってしまう時代がやってくる。どれも優れた芸術作品なのは変わらない。

広告

***

風立ちぬ
THE WIND RISES
公開:2021年07月20日
更新:2022年07月16日