CROSSWHEN

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ダンサー・イン・ザ・ダーク

セルマは歌う 恐怖を乗越えた 愛の強さを

『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、ラース・フォン・トリアー監督による映画である。日本では2000年に公開された。本編140分。監督はデンマーク出身の男性。主演はビョーク。他にデビッド・モースカトリーヌ・ドヌーヴなどが共演している。

1960年代の米国。チェコ移民のセルマ(ビョーク)は、一人息子を育てながら工場で毎日過酷な労働をする未婚の女性。職場では、ドヌーヴ扮する同僚がセルマを何かと心配してくれる。舞台のサークルに所属するほどミュージカル大好きの彼女は、現実があまりに過酷になる時、ミュージカルの登場人物になった気分で空想の世界に逃避することでその場を乗りきっている。給料は安く、家は親切な警官夫婦が貸してくれるトレーラーハウス。警官のビル(モース)は息子に自転車まで買い与えてくれるほど。そしてセルマを愛してくれる男性もいる。

セルマはそんな日々が長く続かないことを知っていた。自分が遺伝性の病気を持っていることを知っていたのだ。視力がどんどん悪くなる病気で、今でさえ牛乳瓶の底のような眼鏡をしているのに、やがて失明する運命にあった。そして息子にも。息子だけは助けようと、セルマは目の手術のためのお金をせっせと貯めていた。

ある日のこと。浪費癖のある妻のおかげで破産寸前だ、とビルが相談しに来たところ「私も悩みを持っている」と目の病気のことを打ち明け、その延長で貯金のことも明かしてしまう。そんな矢先、セルマは工場で大失敗をして解雇。ミュージカルの世界に浸りながら半ば放心状態で家に帰ると、あるはずの貯金がなかった。自宅にいたビルの元まで行くが、そこで彼を殺めてしまう。やがて逮捕され、裁判にかけられて死刑を言い渡される。

収容された先で面会に訪れるドヌーヴ。セルマはそこで、弁護士をつけて無罪にして貰うように説得される。しかし、弁護士を雇う費用は息子の目の手術代と同額。「息子に必要なのは目の見えない殺人犯の母親なんかじゃなくて光よ!」と泣き叫びながら説得を拒む彼女は絞首刑に処せられる。


ビョークはアイスランド出身の女性。本業は歌手であり、歌姫と呼ばれるほどの実績と人気がある。インタビューでは役者としての仕事はこれが最初で最後と宣言している。

モースはアメリカの俳優の中年男性で、名脇役として知られている。この映画の出演交渉が来た時のことについて「歌も踊りも人に披露するほどの腕前じゃないから尻込みしたよ。だけどビョークと共演できるのはいい機会かもしれないと考え直したんだ」と語っている。

ドヌーヴはフランスの女優で、ミュージカル映画「シェルブールの雨傘」(1964)の主役で一躍世界的スターとなった。トリアーの大ファンだという彼女は、往年の大女優という肩書きを持ちながら「どんな端役でもいいから出演したい」と手紙を書いて自ら候補したという。

そしてトリアー監督。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」前にも幾つか長編映画を発表している人だ。その内の1つに「奇跡の海」があるが、物語には「さすがにダンダクと同じ人が作っただけあるなあ」と妙に納得されられる。

この映画は様々な面で注目を浴び、結果として、配給会社など映画関係者の予想を上回る興行成績を残した。

まずは物語の主人公、セルマの辿った理不尽な運命。演技については素人の女性ビョークが、プロの役者相手に迫真の演技を見せたこと。そしてこの映画で自分が演じる役のためにビョーク自ら新たに書き下ろした幾つかの新譜。加えて監督の演出作法の 1 つとして、歌を歌い踊る場面ではカメラワークも構図も隙のない演出で魅せる一方、通常の会話などの場面では手持ちカメラで素人が撮影したような映像を繰りだす。それらが不思議な魅力を醸し出す。

公開当時から、結末には決して納得できない、釈然としないながらも無視することもできない存在だと口コミで広がり認知度が高まり、やがて映画専門誌でない雑誌までこの映画の特集を組むようになり、私設の映画ファンサイトが設立され、映画の内容について白熱した論議が起こった。

題名を訳すと「闇の中の踊り子」。原題をそのままカタカナ表記しただけの題名だが、映画の邦題としては優れた例に入ると思う。

公開当時にコマーシャルで流れた曲「アイヴ・シーン・イット・オール」は、本編の前半でセルマが汽車に乗りながら歌う歌だ。100台のカメラを随所に配置して一発撮りしたという。この場面は本作のハイライトのひとつであり、サウンドトラック「セルマソングス」の特典としてパソコン対応の動画がで収録された(日本版のみ)。

この映画は、初めに曲が流れる。サウンドトラックで「オーヴァーチャー」( overture:英語で序曲の意)と名付けられた曲で、劇場で公開時には曲の流れている画面は暗転(真っ暗)だった。「昔のミュージカルは長い序曲がついていた」というトリアー監督の意向だという。昔のミュージカルとは、たとえば「ウェスト・サイド・物語」を指しているのだろうか。この序曲の流れる冒頭が、レンタル DVD などで確認すると……。


この映画は見る側の感想として「好き」「嫌い」に二分化される類いのものだろうが、私は「好き」派に転んだ。

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の全てを肯定しようとは思わないが、やはり見る者に問題提起を投げかける力強い何かがある。そしてそれに負けないくらい、インパクトの強い映画だと思う。

ちなみに本作で悪役を演じたデビッド・モースは、別映画「グリーンマイル」(トム・ハンクス主演)で、善人のお手本みたいな人物を演じている。

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ダンサー・イン・ザ・ダーク
DANCER IN THE DARK
公開:2021年12月23日
更新:2022年07月16日