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ニュー・シネマ・パラダイス

映画から夢が広がった 大切なぼくの宝箱

『ニュー・シネマ・パラダイス』は、ジュゼッペ・トルナトーレ監督による映画である。日本では1989年に公開された。本編124分。

20世紀半ば。イタリア、シチリアの小さな村。そしてそこにある映画館パラダイス座。そこで青春時代を過ごし、今は映画監督として大成した初老紳士の“トト”サルヴァトーレが、かつて慕っていた映写技師アルフレードの訃報を聞き、故郷に帰ってくる。

少年期、青年期の思い出に浸っていた彼が受け取ったアルフレードの形見には、映画への愛と“トト”への想いがぎっしり詰まっていた。

簡潔にまとめると、これだけの話である。少年期、青年期の思い出話でその都度映像が挿入されるので、ものすごく長い映画となっている。

アカデミー外国語映画賞、カンヌ映画祭審査員特別グランプリ、そして

トトは登場する年齢によって演じる役者が違うのだが、最後の老紳士を演じているのはフランスの名優ジャック・ペラン。また、映画技師アルフレードを演じるのは、フランス映画「地下鉄のザジ」でエッフェル塔にぶらさがりながら詩を暗誦していたザジのおじさん役のフランスの俳優フィリップ・ノワレである。

雑誌やインターネットなどで「感動した映画」「他人に勧めたい映画」ランキングは定番のひとつとなってすでに久しい。なお、この映画が登場する前は「ハチ公物語」が定番だったといわれている。

監督と脚本を手掛けたジュゼッペ・トルナトーレは当時29歳。映画監督としては若造の域を脱していないだろうが、この作品によって世界から「若き巨匠」として注目を浴びることとなった。音楽を担当したのはエンニオ・モリコーネ。モリコーネはこの映画に携わる以前から世界中の巨編映画の音楽をいくつも担当していて、ジョン・ウィリアムズなどと並び、すでに映画音楽界の巨匠のひとりとだったが、この映画によって更にファン層を開拓した。

これを発表してから10年後に、映画「海の上のピアニスト」が発表されることになるが、“名作、ニュー・シネマ・パラダイスのトルナトーレ&モリコーネの黄金コンビ”というだけで、米国では映画配給会社が権利を求めて熾烈な争いを繰り広げたという。

登場人物のひとり、トトの幼年時代を好演した子役サルバトーレ・カシオは、1991年にフジテレビの自社キャンペーンCM「ルール」に出演したので、この映画や彼の名を知らなくても当時その姿を見た人はいるだろう。

日本では当初、銀座の「シネスイッチ銀座」で単館上映されたが、単館上映された映画作品としての興行収入の記録が、2020年現在も未だ破られていない。

この作品のあとにイギリスの「トレイン・スポッティング」、デンマークの「奇跡の海」、インドの「ムトゥ 踊るマハラジャ」など単館上映で話題となった映画はいくつもあったが、ニュー・シネマ・パラダイスの記録には及ばなかった。また 2003 年、渋谷の歴史ある映画館が閉鎖の際に世界中の名画を一挙上映したが、その際にこの作品を複数回取り上げたら、全ての回で満席&立ち見の状態になったという。

私が思うに、この映画を単館上映という規模で扱うとしたのが、そもそもの間違いだったのだろう。ハリウッドの娯楽作品のように、全国で大規模に扱われる器のものだったのではないか。と、ある掲示板に意見を寄せたら「単館上映で大ヒットした映画を褒めちぎる時にはみんなそういうよね」とあしらわれた。しかしこの映画に限っては、明らかに動員規模の予想を間違えた、と信じている。前述の2003年の渋谷における上映のときの人気ぶりがそれを証明している。

私がこの映画を知ったのは高校生の頃。学校の帰り、ちょっと時間を持て余して、学生服のまま、地元の駅前のひなびたレンタルビデオ店に寄った。時間帯もあるのだろう、店内は小室哲哉プロデュースのBGMばかりが賑やかで、殆ど客もいなかった。そんな時に手に取ったのがこの作品だった。感動する映画か、名作映画か、そんなコーナーの一角にあった。2時間版と3時間版の2種類のビデオが棚に並んでいて、同じ料金でレンタルするなら長い収録時間のほうを借りたほうが得だと思って3時間のほうを借りた。3時間超の映画作品を見るのはこれが生涯で初めてだった。その日の晩には自宅で観賞していた。3時間もあるということで、1時間ごとに1度ビデオを停止して、10分ぐらいの小休止を取りながら見た。このやり方がアダとなったのか、感動はしたけど全く泣けなかった。

映画を愛した総ての人への宝もの。

登場人物のひとりがお気に入りの映画を何度も見た揚げ句に内容を覚えてしまい、ある時「FINE」(フィーネ)などなど物語の展開を先に言ってしまい周囲の人から総スカンを食らう場面、意中の女性と観客席の中で情事にふける青年時代のトトの青春、火事による失明という過去を乗り越えて再び映写室に足を踏み入れるアルフレードが、のちに恋に破れたサルヴァトーレに「この街を去れ。帰ってくるな」と助言する場面、訃報を聞きつけ故郷に戻った時に、母から思い掛けない告白を聞く場面、彼がかつての故郷や廃館となったパラダイス座と再会し、最後に“あの”フィルムを映写機にかける場面。それらの全てが綺羅星のように輝く寓話であり、見る人に郷愁心を抱かせる大人向けのお伽噺のようであり、甘く切なくほろ苦い。そして、もう二度と帰らない過去の時代へ、ほんのわずかな時間、我々を回帰させてくれる。

映画好きでそれなりの年齢の男性なら「これは俺のための映画だ。俺を描いた映画だ」と自分の境遇と重ならせてむせび泣くこともあるかもしれない。

郷愁心きょうしゅうしん、あるいノスタルジアという言葉の意味は、この映画を見れば分かるといっていい。

この映画は公開から歳月を重ねた現在も人気が高い。それは前述の「泣ける映画ランキング」などの常連になっている例からも明らかだ。サウンドトラックも発売されている。サウンドトラックは、同封されたブックレットに寄稿されている河原晶子女史の言葉がまた実に的確である。

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ニュー・シネマ・パラダイス
NUOVO CINEMA PARADISO
公開:2021年12月16日
更新:2022年08月26日